相続した不動産の売却を検討する際、登記簿に古い抵当権が残っていることが判明するケースがあります。今回は、司法書士が対応した、昭和45年の抵当権を裁判(訴訟)によって抹消し、売却を可能にした実例を記述します。
ご注意 はじめにお読みください
本記事は、司法書士が実際に解決した事例をベースにしていますが、プライバシー保護のため、個人情報や詳細な地名、日付、金額などの事実関係については一部修正・抽象化して記載しております。
また、古い抵当権の抹消手続きは、債権者の状況や当時の契約内容によって最適な解決方法が全く異なります。本記事の内容はあくまで一例であり、すべてのケースに当てはまるものではありません。同様の問題でお困りの場合は、ご自身の判断で動かず、必ず司法書士等の専門家へご相談ください。
1. 発覚:売却の前に初めて認識した「昭和45年の抵当権設定登記」
相続した実家の売却準備を進めていた相談者Aさんは、不動産会社から思いもよらない指摘を受けました。 「登記簿に昭和45年の抵当権と仮登記が残っています。これが消えない限り、売却の決済(名義変更)はできません」
不動産会社から紹介を受けた司法書士は、さっそく登記簿を確認しました。そこには確かに、50年以上前に個人を債権者として設定された「抵当権」と、代物弁済予約を原因とする「所有権移転請求権仮登記」が、当時のまま残っていました。
当時、債務者(借主)となっていたAさんのお父様はすでに他界されており、借金を返済したのか、あるいはなぜ登記が残っているのか、その事実を知る術はもうありません。Aさんの手元には領収書や契約書などの資料も一切なく、何より、抵当権者(貸主)として登記されている人物については「名前すら聞いたことがない。面識も記憶も一切ない」という困難な状況からのスタートでした。
2. 調査の経過:公文書やインターネットによる所在確認
司法書士として、まずは債権者の行方を確認するための調査を行いました。債権者と協力して古い抵当権を抹消することが登記手続きの原則であり、相手方が協力してくれる場合は、費用を抑え迅速に解決できる可能性があるためです。
登記事項証明書と閉鎖謄本の確認
現在のデジタル化された登記簿には、設定当時の詳細な住所や共同担保の経緯がすべて記載されていない場合があります。そのため、法務局で「閉鎖謄本(手書き時代の古い登記簿)」を取得し、債権者の当時の住所や関連情報を収集しました。古い抵当権には「弁済期」が登記されている場合もあり、これは供託等をするうえでも重要な情報になります。
住所の変遷と特定
登記簿上の住所は、その後の住居表示実施、区画整理や市町村合併により、現在は存在しない表記となっていました。自治体で「住居表示実施証明書」、「町名地番変更証明書」等を取得し、旧住所が現在のどの場所に該当するかを特定しました。
債権者住所の現地調査
判明した住所を調査したところ、現在は空き地になっており、誰かが住んでいる状況ではありませんでした。
住民票等の取得不能と不在の証明
特定した住所に対して住民票、戸籍謄本や戸籍の附票を請求しましたが、昭和45年当時に住んでいた方の記録は、役所の保存期間経過によりすでに廃棄されていました。そこで、自治体から「不在籍証明」「不在住証明」を取得し、公的に「その場所に該当する者がいない」ことを証明する手続きを進めました。念のため、登記記録上での住所・氏名でも住民票調査や戸籍等調査を実施し、該当しなかったため「不在籍証明」「不在住証明」を取得しました。
3. 地番照会による債権者の不動産調査
債権者が当時の住所に持ち家を所有していた場合、その不動産の登記事項証明書(登記簿)を取得することで、有力な手がかりが得られることがあります。例えば、すでに相続が発生して名義が変わっていたり、別の住所へ移転した形跡が残っていたりする可能性があるからです。
そこで司法書士は、債権者の住所地を管轄する法務局の「地番照会・家屋番号照会」を利用しました。通常、住所(住居表示)だけでは不動産を特定できないため、電話で管轄法務局へ確認し、該当する正確な地番を特定した上で、その土地・建物の登記を調査しました。
調査の結果、確かにその不動産はかつて債権者の持ち家であったことが判明しました。しかし残念ながら、建物は早い段階ですでに取壊されており、現在の登記簿から債権者の「その後の足取り」に繋がる新情報を獲得することはできませんでした。
4. インターネット・SNSを用いた所在調査
現代の調査において、デジタル上の情報は無視できません。債権者の氏名から、インターネット検索やSNS等でその足跡を辿りました。
調査の結果、国内に同姓同名の方が1名ヒットしました。その方は事業を営んでおり、連絡先を特定することが可能でした。司法書士は個人情報の取り扱いに細心の注意を払い、相手方に不審に思われないよう慎重に配慮しながら、事実確認のための連絡を試みました。
しかし、電話でお話を伺ったところ、過去の住所地などが今回の債権者とは一切一致せず、別人であることが判明しました。
この「最後の一人」が別人であったことで、債権者を見つけ出し、協力(共同申請)を得て古い抵当権を抹消するという、最も円満な解決ルートの選択肢は事実上、消滅することとなりました。
5. 手続きの選択:裁判を選択した理由
古い抵当権を抹消するにはいくつかの法的手段がありますが、本件では以下の理由から裁判(訴訟)を選択しました。
供託(金銭解決)等の特例による抹消手段の検討
行方不明の債権者に対し、債権額に利息を加えた全額を法務局に預けて登記を消す方法があります。しかし、本件の場合、抵当権だけでなく仮登記も残っていることや、契約条件(昭和45年・元本100万円・損害金年36%)を考慮し50年分以上の計算を行うと、支払額が数百万円に達することが判明しました。依頼人の経済的負担を考慮し、この方法は採用しませんでした。
裁判(抹消登記請求訴訟)の採用
債権者の行方が不明で、かつ返済を証明する書面も一切ないため、最終的に「時効」を主張して裁判所に判断を仰ぐ、抹消登記請求訴訟を選択しました。
6. 調査報告:公示送達のための証拠収集
裁判手続きを進めるにあたり、裁判所に対して「債権者が行方不明であること」を客観的に立証する必要があります。今回は、調査会社を利用し、以下の内容を調査報告書として提出しました。調査会社に依頼する場合、費用は内容によりますが、5万円から10万円ほどかかります。もちろん、司法書士が対応できる範囲は司法書士が調査しました。
- 現地調査: 登記簿上の住所地へ赴き、現在の居住状況の確認や、周辺での聞き込みを実施。
- 郵便物の発送: 債権者の把握できる範囲の住所はすでに空き地でしたが、債権者の住所(括弧書きで登記簿上の住所も併記)へ配達証明郵便を送付し、「あて所に尋ねあたりません」として返送された封筒を証拠として提出。
- インターネット調査: 同姓同名の人物等の検索・照会した経緯を司法書士が調査報告書として作成。
なお、民生委員による不居住証明書という証明書も証拠資料として提出するケースがあるようですが、今回の自治体の担当部署に確認したところ、そのような証明書は一切対応していないということで証拠として提出することはできませんでした。
調査会社の依頼した際の調査報告書サンプル(1ページ目)は下記のとおりです。実際には2ページ目以降に調査した内容の詳細(近隣住民への聞き込み等)が記載されております。
7. 実際の裁判資料(訴状サンプル)
以下は、本件で実際に提出した訴状(サンプル)です。
こちらが公示送達申立書(サンプル)です。公示送達申立の手数料はかかりません。
8. 判決による抵当権抹消登記:単独での抹消登記申請
債権者の行方が最後まで不明であったため、裁判所に対して「公示送達(官報への掲載等により、相手に書類が届かなくても法的に届いたとみなす手続き)」の申し立てを行いました。これが認められたことで、ようやく審理が開始されました。
法廷では、これまでの調査結果や時効の援用を記した主張がすべて認められ、無事に原告勝訴の判決が言い渡されました。
その後、判決が確定するまでの一定の待機期間(控訴期間)を経て、裁判所から「判決正本」および「確定証明書」を取得。この2つの書類が揃うことで、本来なら相手方(債権者)と共同で行わなければならない登記申請を、「単独」で行うことが可能になります。
判決正本を添えて管轄法務局へ抹消登記を申請し、数週間後、無事登記が完了しました。これにより、50年以上にわたり不動産を縛り付けていた法的な制約がすべて解消され、物件はようやく正常な形で第三者へ売却できる状態となりました。
9. まとめ:負の遺産を次世代に残さないために
本件のような古い抵当権の問題については、以下の点が重要となります。
- 時間の経過による書類の散逸 役所の書類は保存期間があるため、時間が経つほど「行方」を証明するための難易度が上がります。
- 経済的な合理性の判断 供託による解決と裁判による解決では、かかる費用に大きな差が出ることがあります。利率や経過年数に基づいた正確な試算が必要です。
- 早期対応の必要性 売却の契約直前に問題が発覚すると、決済に間に合わないリスクがあります。相続が発生した段階などで一度登記簿を確認しておくことが推奨されます。
古い登記記録についてお困りの際は、まずは現状の確認からご相談ください。私たちは、大切な資産を次世代へ引き継ぐためのお手伝いをいたします。
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